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丸の内331

蔵王 zaou

社会学の視点から考察した若者のキャリアや生き方(中編)

“ 説明のつかない不安 ”を解消する実践と事実。

前編で触れたような、リスク管理についての態度が浸透していくと、若者は、リスクを避けて下手な冒険をせずに無難な生き方を選択するようになるし、社会の側でも、逸脱行動をする若者をリスク要因として排除することになる。つまり、予測可能な他者に対しては寛容であるが、自らの価値観とは相容れない行動をとる他者に対しては、リスクを孕む要因として不寛容な態度をとるようになっていく。

昨今の国際情勢を鑑みても、英国のEU離脱、米国におけるトランプ政権誕生など、価値観の相違に対する排外的・内向きな傾向が伺えるが、リスク社会においては、それはむしろ当然の帰結でもある。日本でも「社長を目指す若者が減っている」と言われて久しいが、それもまた、リスク社会である後期近代を生きる若者像としては当たり前の生き方と言えよう。

こうした「再帰的自己」という自己のあり方は、我々に何をもたらすのであろうか。
自らの幸せな人生、それがもたらされることを、我々の誰もが望んでいるのは確かである。しかし、ギデンズは、「再帰的自己」として生きていくことが、我々にある種の不安を抱かせる恐れがあることを指摘している。我々が、自らの人生を生きていくうえでは、「自分は本当に存在するのだろうか」「核戦争で世界がなくなってしまうのではないか」などの、 それ自体としては問いとしてあり得るが、それへの解は容易には得られないような問い が存在する。そうした問いが我々に引き起こす名状し難い不安を、ギデンズは、『実存的不安』と呼ぶ。

ただ、我々は通常そのような問題をことさらに問うこともしないし、だからといって不安になることもない。我々はそうした問いに絡めとられることなく、「今、ここ」を生き、毎日の人生を大過なく送り続けることができている。そのような、「実際に生きている」「世界が続いている」という実践ないし事実そのものが、『実存的不安』を解消し、我々は社会と自己の存在それ自体への深い信頼と安心を得る。ギデンズは、これを『存在論的安心』と名づけている。

(2017年5月 蔵王)

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