帰国後情報

第3期奨学生 帰国後情報

2009年に出発した『オデッセイIT奨学金』第3期生が、約1年間の高校留学を終えて帰国。
印象に残った留学中の体験や学校のこと、ホストファミリーとの思い出、そして今後の目標などをうかがいました。

  • 弊社代表・出張と矢ヶ崎さん(右)

    優秀な大家族に交じって切磋琢磨。
    勉学も運動も、これ以上ないくらい頑張れました。

    矢ケ崎麻子さん(留学先:アメリカ)

    私が滞在した、ピクルス発祥の地と言われているウッドストック(イリノイ州)は、小さな街で、のどかな風景をサイクリングしながら眺めるには最適な所でした。実際、夏休みは毎日のようにホストブラザーの弟に誘われてサイクリングをしていたため、すっかり日焼けしました。

    私がお世話になったホストファミリーは、優秀さが学校にも響き渡る一家。彼らは運動にも勉学にも秀でており、毎日を共にする私も、勉学はもとより、ランニングに部活にと切磋琢磨の日々でした。私を入れて8人家族という大所帯で、一人っ子の私にとって貴重な「大家族」体験ができましたし、大勢で暮らす大変さや協調性の大切さを学ぶこともできました。

    学校では、授業を選択するときに、学校内でもトップクラスの優秀なホストシスターと一緒に選択しため、高難度のクラスについていくのに一苦労…。そんななか、化学の授業で困っていたときに助けてくれた友達とは、意気投合して親友と呼べるほどになれました。部活は、テニス、バスケ、陸上とスポーツ三昧。それぞれの部活で、趣味嗜好の違った友人を増やすことができ、部活の成績もそれなりに満足のいく結果を出せたので、優秀なホストファミリーの一員として、名折れにはならなかったと思っています。

    本当に、あっという間に過ぎていった10カ月間でしたが、学校でもプライベートでもとても濃密な時間を過ごすことができました。帰国時は鼻呼吸ができないほど泣きましたが、ホストファミリーにはぜひ日本に来てもらうつもりです。留学前の目的通り、私にとってウッドストックは「第2の故郷」と呼べる場所になりました。この留学の経験を踏まえ、将来は、戦争を止める活動をするため、国連で働くことを目標に頑張って勉強していきたいと思っています。

  • 弊社代表・出張と阿部さん(右)

    自らの企画で旗揚げしたサークル設立や中国語との出会いなど、自分で動くことで多くのことを体得できました。

    阿部大亮さん(留学先:アメリカ)

    私が暮らしたウィンターパークは、人口も多く高級住宅が立ち並ぶ街で、最初の頃は自分の故郷とのギャップに驚くことばかりの日々でした。私の滞在先には2人のホストブラザーがいて、自分を含み同年代の男子が3人揃ったことは幸運でした。私には日本に姉がいますが、アメリカに来て男3兄弟の賑わいと楽しさ、そして意見のぶつかり合いを経験し、かけがえのない友人を得ることができたと思っています。また、お世話になったホストファミリーはとても裕福な家庭で、ホストファーザーはアメリカ中に支店を持つ大手卸売業のヴァイスプレジデント。出張で忙しく飛び回っていることが多かったですが、バカンスにはみんなでキーウェストの別荘へ行き、家族そろって親交を深めることができました。

    学校の授業では、“英語のリーディングが多い”と聞き、修練のために専攻した生物に苦戦。先生には休み時間にも質問ばかりしていましたが、そのおかげで先生と仲良くなれた点は良かったです。楽しかったのは語学の中国語の授業で、先生から推薦されて学校主催の「スピーチ大会」に出たらまさかの優勝! 帰国後の7月に日本で開催される決勝戦にも出場することになったので、上位を目指して準備をはじめています。また、学業以外で力を入れていた、留学生たちが自主運営するサークル作りは、自分の帰国前に設立の許可が下りて一安心。企画書を何度も作り直して学長に直談判し、サークルは今後も学校に残してもらえることになったのでとても満足しています。

    留学先のアメリカでは、日本にいたらできなかったさまざまなことを体験しました。また、留学前に掲げていた、「日本人といったら阿部。とみんなに思ってもらう!」という目標も、達成できたのではないかと思っています。将来は、起業家になりたいと考えているので、留学の経験で得た中国語という特技を活かしつつ、まずは目標の大学合格を目指します。

  • 弊社代表・出張と三宅さん(左)

    2つのホストファミリーに支えられた1年間。
    価値観の違いを越え、心の温もりに触れました。

    三宅崇之さん(留学先:ニュージーランド)

    ニュージーランド(以下、NZ)というと、クライストチャーチなどが有名ですが、私の住んでいたオークランドはとても丘の多い街で、丘の上から眺める夕日や町並みはとても美しく、私はオークランドが一番素晴らしいと思っています。

    最初のホストファミリーには2人の子供がいましたが、どちらも日本への留学が決まったためホストチェンジしました。チェンジしたての頃は、歳の近いブラザーとしか話すことができず、心配した両親が「家族会議」を開いて、どうしたら打ち解けられるかを話し合ったことも。そのおかげで、新しいファミリーにも馴染め、夏はサーフィン、冬はスノーボードと、忘れられない思い出をたくさん作ることができました。

    2番目に通った学校では、自分が初の留学生でいろいろな苦労がありましたが、日本語授業の助手として、2つ年下の生徒たちとお寿司を作って食べたり、折り紙を教えるなど、日本のことを教えることができたことはとても良い経験となりました。他国の人から見た「日本」を知ることによって、より深く自国のことを知ることができたと感じています。留学前には、“異文化交流を通じて、自分自身の価値観を広げたい”と考えていましたが、2つのホストファミリーとの触れ合いで達成できたと思います。また、国ごとに違いはあっても、心の温かさは万国共通なんだということもわかり、支えてくれた皆さんには感謝の気持ちで一杯です。

    将来は、医学の道を志し、ボランティアで人の役に立てる「国境なき医師団」に名を連ねたい、という夢に向かって頑張っていきたいと思います。

  • 弊社代表・出張と山内さん(右)

    留学前の目標は100%達成!
    オーストラリアの文化と自然をしっかり体感できました。

    山内理恵さん(留学先:オーストラリア)

    私が滞在したバルーガは人口2,000人程度の小さな町で、学校はマレー川を挟んだ隣町のコブラムまでスクールバスで通っていました。授業は実習重視で、日本のように教科書を読むというよりも、例えば、化学の授業では身の回りのものから化学反応を観察するなど、体験に基づく学習が確立されています。授業自体はそれほど難しくなく、得意科目の数学は友人に教えることも…。休日は、友人たちと競馬に似た“カップ”にドレスアップして出掛けたり、長い休みにはホストファミリーと雪山へ旅行するなど、オンもオフも現地での生活を満喫しました。

    また、留学したら日本では体験できないことにチャレンジしようと思っていたので、AFSのアクティビティプラン“サファリ”にも積極的に参加。スキューバやカヤック、砂漠散策などさまざまなツアーに参加したなかで、一番印象に残ったのがエアーズロックに登ったことです。チェーンをつたって登るのは大変でしたが、またいつか訪れたい場所の一つになりました。

    留学前に掲げていた目標の「現地の文化に積極的に触れ、ホストファミリーや友達と長くつきあえる関係を築く」ことに関しては、100%達成できたと思います。将来は、今回の留学で磨いた英語を活かしつつ、得意な理数系の分野での仕事をしてみたいと思っています。

これまでの奨学生のご紹介に戻る このページの先頭へ戻る